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福岡高等裁判所 平成5年(行コ)16号 判決

控訴人

熊本県知事(Y) 福島譲二

右訴訟代理人弁護士

竹中潮

右指定代理人

合戸潤

田端史郎

西尾浩明

被控訴人

藤本久治(X1)

西尾善助(X2)

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人の被控訴人藤本久治に対する平成元年四月二六日付け公文書非開示決定(熊本県指令第三号)のうち、補助事業実績報告書の添付書類である出面表(傭船及び雇用明細書等)中の船名、登録番号、個人名及び印影の各記載部分を除くその余の部分及び同出面表以外の文書についてこれを非開示とした部分を取り消す。

2  控訴人の被控訴人西尾善助に対する平成元年四月二六日付け公文書非開示決定(熊本県指令第四ないし第二〇号)のうち、補助事業実績報告書の添付書類である出面表(傭船及び雇用明細書等)中の船名、登録番号、個人名及び印影の各記載部分を除くその余の部分及び同出面表以外の文書についてこれを非開示とした部分を取り消す。

3  被控訴人らのその余の請求(前記各決定のうち、前記出面表中の船名、登録番号、個人名及び印影の各記載部分についてこれを非開示とした部分を取り消すべき旨の請求)をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は一・二審とも控訴人の負担とする。

事実及び理由

三 当裁判所は、被控訴人らの本件各請求をいずれも主文の限度で認容し、その余の請求はいずれも棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決書「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

2 同一一枚目裏初行の「目的として、」から同二行目までを「目的として制定されたものであり(本件条例一条)、実施機関は、公文書の開示を請求する権利が十分保障されるように同条例を解釈・運用すると共に、その際、個人に関する情報をみだりに公にすることのないよう最大限の配慮をするものとされている(同条例三条)ことに鑑みると、本件条例は、憲法二一条に基づく「知る権利」の尊重と同法一五条の参政権の実質的確保の理念に則り、これを県政に実現することを目的として制定されたものと解される。」と改める。

4 控訴人の主張1について

控訴人は、「本件補助金制度は、本件漁業補償を調整補完するもので、本件漁業補償と一体をなすから、本件補助金は実質的に本件漁業補償金の範疇に含まれ、したがって、本件文書に記載された情報は、本件漁業補償交渉事務自体に直接関連する情報に該当する。」旨主張するが、争点に対する判断二1で説示したとおり、本件補助金制度は漁業補償を直接の目的とするものではなく、本件漁業補償とは異なった原理・原則に支配されており、両者を一体のものと評価することはできないから、本件文書に記載された情報が本件漁業補償交渉事務自体に直接関連する情報に該当すると解することもできない。よって、控訴人の右主張はその前提を異にし、採用することができない。

5 控訴人の主張2について

(一) 本件条例八条八号は、行政執行上の利益の保護を図る趣旨の規定と解されるところ、本件条例による公文書開示請求権は、本件条例によって実体法上具体的に認められるに至った権利ではあるが、前記説示の同条例の趣旨・目的、同条例が公文書を原則として開示すべきものとしながら、個人のプライバシーに関して最大限の配慮を求め(同条例三条)、同条例八条において例外的に公開しないことができる公文書を列記していることに鑑みると、開示除外事由の解釈は、条文の趣旨に即して厳格になされるべきものである。そうすると、同条八号前段の「支障が生ずるおそれ」につき、控訴人が主張するように、当該事務事業を実施する行政機関が公正かつ円滑な執行に対する危惧を抱く場合にも非開示とすることができると解し、その開示・非開示の決定を右実施機関の裁量に委ねる結果となる解釈を肯定することは、本件条例の趣旨に反し、相当ではないというべきである。また、同号前段の他の要件(「目的が損なわれる」「不利益が生ずる」)との対比からも、「支障が生ずるおそれ」は、実施機関の主観にかかわらず、具体的に存在することが客観的に明らかにされる必要があると解するのが相当である。

(二) 同条例八条八号後段の解釈基準についても、(一)で説示したとおり、条文の趣旨に即して厳格になされるべきものであるから、控訴人の右主張を採用することはできない。

6 控訴人の主張3について

本件文書の中には、申請者たる漁協を含む他の法人や個人の名称・氏名及び印影が含まれているところ(〔証拠略〕)、これらの情報が明示除外事由に該当するか否かを判断するに際しては、個人のプライバシー等の保護に最大限の配慮をする必要があること(本件条例三条)はいうまでもないが、右法人(漁協等)の名称や印影は、本件条例八条三号所定の法人その他の団体に関する情報に該当するものの、その開示により「当該法人等の競争上の地位その他正当な利益を害する」(同号本文)と認めるべき証拠はないので、結局同号の要件には該当せず、印影についても、これが開示されることにより直ちに印鑑偽造等の犯罪行為が誘発されるものではないから、「犯罪の予防に支障を生ずるおそれのある情報」(同条四号)ということはできず、同号の要件には該当しない。よって、以上の点に関する部分開示の主張はいずれも理由がない。

しかしながら、本件文書に含まれる補助事業実績報告書の添付書類である出面表(傭船及び雇用明細書等、〔証拠略〕)に記載される個人の氏名・印影は、純然たる個人情報と解され、これにより特定の個人の識別が可能であるし、同書面の船名及びその登録番号についても、これが明らかになることにより特定の個人の識別が可能になるから、いずれも同条二号の要件(個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。)に該当し、開示をしないことができることになる。そして、右部分は、他の部分と容易にかつ開示請求の趣旨を損なわない程度に分離することができる(同条例九条)と認められる。なお、控訴人は、前記出面表以外に個人の氏名・印影が記録された文書が本件文書の中に存在することにつき具体的に主張・立証をしないから、その余の部分開示の主張を採用することはできない。

四 よって、被控訴人らの請求は、主文掲記の限度で理由があるからこれを認容すべきであり、その余は理由がないから棄却すべきであって、これと一部異なる原判決を右のとおり変更し、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 足立昭二 裁判官 有吉一郎 奥田正昭)

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